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究極の柔らかさを生んでいた「魔法」の正体
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不都合な真実──海と向き合うタオルづくり

一番売れていた商品を、私たちは自ら廃盤にしました。その決断の理由について。

2026.08.31about読了 5分
究極の柔らかさを生んでいた「魔法」の正体
究極の柔らかさを生んでいた「魔法」の正体

タオルの町・今治で歩みを重ねて95年。 瀬戸内の穏やかな海と豊かな水に育まれてきた私たち楠橋紋織は、ひとつの大きな決断を下しました。

オリジナル商品の売上の31%を支えていた、一番売れていた看板製品を自らの手で廃盤にすること。

綿菓子のようにふわふわで、肌に触れるだけでそっと水を吸い寄せるそのタオルは、多くのお客様に愛され、長年私たちの経営を支えてきた誇りでした。

なぜ、成功の渦中にあった商品を止めなければならなかったのか。 そこには、ものづくりと向き合う中で目を背けることができなくなった、一つの「不都合な真実」がありました。

1. 究極の柔らかさを生んでいた「魔法」の正体

通常、タオルを織るためには、糸の繊維を固くねじり合わせる(撚る)必要があります。しかし、ねじればねじるほど、糸は縄のように硬くなってしまいます。

「圧倒的に柔らかく、かつ織機に耐える強さを持たせたい」

この矛盾を解決するために、業界で長年使われてきたのが「PVA(ポリビニルアルコール/水溶性ビニロン)」という水溶性の合成繊維(プラスチック)でした。

撚りのない柔らかな綿の束にPVAを巻き付けて補強し、タオルを織り上げた後、熱湯で溶かし去る。残るのは、綿100%の究極に柔らかい無撚糸タオルです。

「水に溶けて透明になり、最後は自然に還る」

私たちはその言葉を信じ、お客様に極上の使い心地を届けるための「理想的な技術」だと疑いませんでした。

2. 62gの心地よさのために、29gのプラスチックを使うという事実

しかし、自社の製造データと改めて真摯に向き合ったとき、浮き彫りになったのは言葉を失うような数字でした。

私たちが手放したフェイスタオルの完成時の重さは、わずか $62\text{g}$。 手に取れば驚くほど軽やかで、優しい質感を持っています。

しかし、この $62\text{g}$ の心地よさを生み出すために、製造工程で使われていたPVAの量は、1枚あたり実に $29\text{g}$ に及んでいたのです。

完成したタオルの重さの半分近くに迫るプラスチックを補強材として使い、それを毎サイクル熱湯で溶かし、排水口の向こう側へと流し続けている。

「たった一枚の心地よさのために、約 $30\text{g}$ のプラスチックを使い捨てている」

生分解性があると信じていた素材であっても、この過剰な負荷に目を瞑り続けることは、もはや私たちの良心が許しませんでした。

3. 「溶ける」と「分解される」は、同じではない

さらに科学的なデータに目を向けると、「水に溶けて透明になる」ことと「微生物によって自然に還る(生分解)」ことは全く別物であることが分かります。

水に溶けたPVAは無色透明になりますが、その正体は「難分解性の液状プラスチック」です。

環境工学の指標である $\text{BOD/COD}$ 比(生分解性指数)で見ると、その差は明白です。デンプンなどの天然素材が $0.5 \sim 0.6$(容易に微生物に分解される)であるのに対し、PVAはわずか $0.01 \sim 0.04$。微生物にとって、極めて食べにくい物質です。

$$\text{生分解性指数}(\text{BOD/COD}) : \quad \text{デンプン }(0.5 \sim 0.6) \quad \gg \quad \text{PVA }(0.01 \sim 0.04)$$

高度な排水処理施設であっても、水温が下がる冬場や短い滞留時間の中では完全に分解しきれず、処理施設を通り抜けて海へと流出してしまうリスクが存在します。

一度広い海へ出たPVAは、微生物が分解するための条件を失い、透明なまま地球の深海にまで漂い続けることが、近年の研究でも指摘されています。

4. 20年目の回答──「綿で、綿を支える」

「魔法のプラスチックを捨てれば、タオルは硬くなる」

それが業界の常識でした。しかし、私たちは環境を守るために使い心地をあきらめるような妥協をしたくはありませんでした。

化学の力に頼らず、綿という天然素材の力だけで、あの極上の柔らかさを届けることはできないだろうか。

私たちが辿り着いた答えは、職人たちが20年以上前から静かに磨き続けてきた「カバーリング技術」でした。

それは、PVAを使う代わりに、極細の「天然の綿糸」を螺旋状に巻き付けることで、柔らかい綿の束を優しく支える技術です。

強すぎれば糸は硬くなり、弱すぎれば織る途中で解けてしまう。 「綿で、綿を支える」という絶妙な塩梅を求め、何百通りもの組み合わせを重ね、20年という歳月をかけてようやく針の穴を通すようなバランスを掴み取りました。

これにより、プラスチックを使わずに、やわらかな肌触りと、繰り返し洗ってもへたりにくい長持ちする強さを両立させることができたのです。

5. まだ理想の途上にある、私たちの決意

正直にお伝えしなければならないことがあります。

新ブランド『KUSU the sea』ではPVAを一切使用しませんが、95年続く歴史の中で、お取引先様と共に歩んできた全体の製造現場を見渡せば、まだすべての工程からPVAを無くせたわけではありません。

私たちは、まだ「完全」ではありません。

だからこそ、自分たちの足元から、一歩ずつ確実に変わっていくことを選びました。

20年かけて磨いたこの技術を、自社製品だけでなく、共に作るパートナーの方々へも「海を汚さない新しい選択肢」として粘り強く提案し続けていくこと。

不完全な自分たちを素直に認め、それでも最後の一滴まで海に誠実であり続けること。

瀬戸内の美しい里海から、100年後の未来へ。 理想の途上で足掻きながら進む私たちの手仕事を、静かに見守っていただけたなら幸いです。

※ 本記事に関する科学的データおよび研究論文(Rolsky et al., 2021 / Peng et al., 2018等)の技術的背景については、弊社技術資料にて詳細を公開しております。