私たちのタオルづくりを根底から支えているのは、今治の清らかな「水」です。タオルの吸水性や風合い、そして美しい色彩。そのすべては、織り上げる前の「糸」の段階で水を用いる「精練(せいれん)」「漂白」「染色」という工程によって決まります。
今回は、今治の恵まれた水資源への感謝の気持ちを「バイオ精練」という技術に形を変え、できるだけ水資源への負荷を最小限にするための私たちの取り組みについてお話しします。
一、今治の「分業制」が紡ぐ、美しい水への責任
今治タオルがこれほどまでにやわらかく、水をよく吸うのは、瀬戸内を望むこの地の澄んだ地下水や蒼社川(そうじゃがわ)の伏流水に恵まれているからです。しかし、タオルメーカーは、ただその水の恩恵を受け取るだけではありません。使った水をいかに美しく自然へと還すか。そこに、この地でものづくりを続ける者としての最大の責任があります。
実を言うと、私たち楠橋紋織は、今治の自社工場で糸を染めたり、生地を洗ったりする設備を持っていません。今治のタオルづくりは、古くからそれぞれの専門の職人が力を合わせる「分業制」によって成り立っています。私たちのタオルづくりは、織る前の「糸」の段階で精練や染色を施す「先晒し(さきざらし)」が基本です。私たちが仕入れた糸は、まず信頼を寄せる地元の染工場(せんこうじょう)へと運ばれ、そこの職人たちの手によって、法令遵守と独自の浄化施設を用いた適切な排水処理のもと、丁寧に仕上げられます。
私たちが取り組む「バイオ精練」も、私たちだけの力で生まれたものではありません。今治の染料専門商社である「株式会社ヤスハラ」、さらに大阪府立大学発のバイオベンチャーである専門の研究機関「IGAバイオリサーチ社」、そして私たちの3社で共同で特許を取得した技術です。実際に加工を担う地元の染工場も含め、ただ工程を委託する外注関係ではなく、それぞれの専門知識を持ち寄って共に技術を高め合う産地のつながりが、私たちのものづくりの基盤です。
二、水への感謝を「バイオ精練」という技術に形を変えて
水への感謝を、一時的なエコのイメージで終わらせないために。そうした考えのもとで取り組んでいるのが、酵素(生物)の力を利用して綿糸の不純物を取り除く「バイオ精練」です。
従来の一般的な精練方法では、強アルカリ性の化学薬品である苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)を用いて高温で糸を洗います。これに対して、私たちが共同開発したバイオ精練は、強アルカリ性の化学薬品を一切使用せず、自然界に存在する酵素の力で汚れを分解する、いわばケミカルフリーの精練です。そのため、エネルギーと水の使用量を抑え、排水の環境負荷を大きく低減させることができます。
このバイオ精練による環境負荷の低減効果は、単なる予測値ではありません。第三者機関(四国電力様)による実測値をもとに比較したデータにおいて、染色を施さない場合、製造工程におけるCO_2排出量を53%削減できることが証明されています。
三、目に見えない、肌ではわからない選択
ここで、もうひとつ正直にお話ししなければならない現実があります。私たちがつくるすべての製品に、このバイオ精練を採用できているわけではありません。
一般的な精練に比べて、バイオ精練はどうしてもコストが高くなります。そのため、現実には、お届けするタオルの性質や価格に合わせて、従来の精練技術と使い分けながら製造を行っています。
さらに言えば、「バイオ精練で洗った糸で織ったからといって、肌で感じるほどの劇的なやわらかさや、吸水性の違いがあるか」と問われれば、はっきりと証明できるほどの違いを申し上げることはできません。
強アルカリ性の薬品を使わず、酵素で優しく洗っている分、綿の繊維そのものを傷めにくいため、理屈の上ではタオル自体の寿命が長くなる(傷みにくい)という性質はあります。しかし、それを触覚だけで測りきることは困難です。
また、化学薬品で繊維を限界まで剥き出しにする従来の精練に比べれば、自然な洗い方である分、厳密な吸水速度の数値にはわずかな差があるかもしれません。ですが、今治タオル独自の厳しい吸水性試験は当然のようにクリアしており、日常で使う上での違いを感じることはまずありません。
コストが高く、肌触りとしても明確な違いは伝わりにくい。それでも、私たちの理想を詰め込んだ『KUSU the sea』において、私たちはバイオ精練を迷わず選択しました。
肌では気づかないかもしれない。けれど、私たちが生かされている瀬戸内の美しい水を、見えないところまで守りたい。その選択をありのままに重ねていくことが、私たちが瀬戸内の海を前にして、続けていきたいものづくりです。
Technical & Environmental Reference
- バイオ精練(酵素精練)における有機不純物分解のメカニズムと耐久性従来の苛性ソーダ($NaOH$)等の劇物を用いる高温強アルカリ処理は、綿繊維の外層を覆うペクチンや粗蝋、油分を化学的に加水分解・鹸化させますが、同時にセルロース結晶構造にも化学的負荷(膨潤・劣化)を与えます。一方、当プロセスにおけるバイオ精練は、特定温度条件下において作用する植物由来のペクチン分解酵素(ペクチナーゼ)等の活性を応用。繊維自体に強アルカリ化学薬品(ケミカル)による損傷を与えることなくペクチン質を選択的に水溶化させ、綿本来の繊維特性(バルキー性)を完全に維持します。繊維の脆弱化(劣化)を物理的に抑制するため、反復使用における耐久性の向上が期待されます。
- 親水性能と今治タオル品質基準(JIS L 1907)の整合マイルドなバイオ酵素プロセスにおいては、繊維表面に極微量の天然綿蝋(疎水性物質)が穏やかに保持されるため、理論上の最大初期吸水速度は強化学処理に比して極めて僅微な変動を示す可能性があります。しかし、JIS L 1907(沈降法・5秒ルール)に準拠した今治タオル工業組合独自の厳しい品質基準を完全にクリアする親水能(吸水性)を担保しており、実用上の機能差は認められません。
- $CO_2$排出削減における定量的エビデンス(LCA評価)四国電力株式会社によるライフサイクルアセスメント(LCA)に基づく実測・比較データにおいて、従来の強アルカリ精練(ボイラー加熱等による高熱エネルギー消費)から、温和な熱力学的条件(中温域)で作動するバイオ酵素精練への移行により、蒸気消費量および排気クリーン化に伴う燃焼消費を抑制。染色工程を含まない製造工程において、二酸化炭素($CO_2$)排出量の53%削減を達成しています。