たった一本の間違いも許されない、織り前の緊迫感と「30本の残糸」
私たちのタオルづくりを裏側で支える、目に見えない職人たちの技術。「糸選び」「精練」とバトンを繋いできた糸は、いよいよ織機へと向かいます。
今回は、織り始める前に行われる極めて緻密な準備工程である「整経(せいけい)」という工程と、その現場で創業時から代々受け継がれてきた、小さくも尊い循環の習慣についてお話しします。
一、良品率を左右する整経工程
整経とはその名の通り、「経糸(たていと)を整える」工程で、織機でタオルを織る前の準備段階にあたる重要工程です。
数千本もの経糸を、一本の間違いも交差もなく、均一な張力(テンション)でビームと呼ばれる巨大なドラムに巻き揃えます。
数千本の経糸の張り具合にわずかでもムラがあると、タオルの下地(組織)やパイルにムラが生まれてしまい、均質なタオルを織ることができません。
また、特にジャカード織りのように、何色もの糸を複雑に組み合わせて絵柄を描き出す場合、何千本と並ぶ経糸のうち、たった一本でも配置や順番を間違えれば、絵柄が変わり、すべて不良品になってしまいます。
華やかな模様が立ち上がる織機の裏側には、職人たちの寸分の狂いも許されない、静かで張り詰めた緊迫感があります。
二、糸の迷子を防ぐ、現場の命綱「畦紐」
この緊迫した現場において、数千本の経糸が一本たりとも絡まったり、順番が入れ替わったりしないよう、糸と糸の間に一本の仕切り紐が通されます。これを「畦紐(あぜひも)」と呼びます。
数千本の経糸のパズルを正しく維持するための、いわば現場の命綱です。
この紐は、織機に糸を正しくセットし終えれば、その役目を終えて解かれます。お客様の手元に届く完成したタオルには決して残らない、製造現場の完全な「裏方の道具」です。
三、効率の対極にある、創業からの日常
楠橋紋織の現場では、この役目を終えたら捨ててしまう畦紐を、市販の既製品で済ませることはしていません。どうしても製造工程の端々で出てしまう「残糸」を集め、30本を丁寧に重ね合わせて、手作業で一本の頑丈な紐へと仕立てています。
時間を買い、効率を最優先する現代のビジネスにおいて、既製品の紐を購入して使う方が遥かに合理的であることは言うまでもありません。残糸を30本揃えて手作業で結び合わせていく工程は、客観的に見れば非効率そのものです。
しかし、この取り組みは、近年の環境意識の高まりに合わせて始めたものではありません。おそらく1931年の創業のその日から、この工場で代々、当たり前の日常として静かに続けられてきた習慣です。
「完成した製品をサステナブルにする」という目的のために動くのではなく、ものづくりの道具や環境の段階から、資源を慈しみ、無駄を出さないという姿勢がすでに現場に馴染んでいる。
私たちが掲げる「里海」という自然の循環に寄り添う在り方は、こうした誰も見ていない工場の裏側の、何気ない手仕事の中にこそ、静かに息づいています。
Technical & Process Reference
- 整経工程における張力均一化と織物物性の相関(Warp Tension Uniformity)整経(Warping)工程において、ビームに巻き取られる数千本の経糸(たていと)の張力(テンション)に僅微な不均一が生じた場合、織機稼働時の開口運動(Shedding)において特定の経糸に過度な応力が集中し、糸切れ(Warp Breakage)を誘発します。また、張力のばらつきはパイル糸の引き出し量(送り出し)を不安定にさせ、パイル組織の高さ(パイル比)に不揃いを生じさせるため、タオルの表面美観および物理的耐久性を著しく損なう最大要因となります。
- ジャカード織機における経糸配列とパターン欠陥(Pattern Misalignment in Jacquard Weaving)コンピュータージャカード織機において、何千本もの経糸は独自の電子制御回路(Solenoid Harness)を介して個別に上下運動を行います。整経段階で配列順序に一本の誤り(配列エラー)が生じた場合、全製織プロセスにわたって永続的な意匠崩れ(幾何学パターンのずれ、リバーシブル色反転の不良)を誘発し、製品の良品率(Yield Rate)を致命的に低下させます。
- 畦紐(あぜひも)による織前仕分けと残糸(余剰糸)の力学的再利用「畦(あぜ)」とは、経糸が1本交互、あるいは複数本交互に交差する構造を指し、この交差状態を保持するための畦紐は、製織準備(タイイング/経糸結び継ぎ)における糸の知恵の輪状の絡まりを物理的に防止する極めて重要なインターフェースです。通常、この畦紐には安価なポリエステル製等の使い捨て汎用紐が充当されますが、当プロセスにおいては、製造終了時に生ずる規格外の綿糸残糸を30本収束(トータルデニールおよび引張強度の均一化)し、経糸開口時の動的摩擦に耐えうる物理的剛性と平滑性を有するサステナブルな畦紐として手作業でアップサイクルしています。