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糸の「機嫌」を織り込む。
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糸の「機嫌」を織り込む。

2026.09.03ものづくり読了 7分
糸の「機嫌」を織り込む。
糸の「機嫌」を織り込む。

ボタンひとつでは、タオルにならない

現代の織物工場といえば、コンピュータ制御された最新の織機が整然と並び、ボタンをひとつ押せば、全自動で次々と均一なタオルが織り上がってくる光景を想像されるかもしれません。

確かに、私たちの工場でも、現代の優れた織機が日々稼働しています。

私たちは、つくりたいタオルの表情や糸の個性を最大限に引き出すため、性質の異なる二つの織機を使い分けています。

  • エアジェット織機:目に見えないほどの超高速の「空気圧(風)」で緯糸(よこいと)を飛ばして織り上げる、現代の高速織機です。生産効率に優れ、細く均一な糸を美しく整然と織り上げるのを得意としています。
  • レピア織機:糸を「レピア(剣)」と呼ばれる細い金属の棒の先端で優しく掴み、メカニカルに受け渡しながら緯糸を運ぶ織機です。スピードこそエアジェットに譲りますが、糸にかかる負担が極めて少ないのが特徴です。太さにムラのある意匠糸や、麻(リネン)のようなデリケートな糸、あるいは複雑な「織りの表現」を自在に生み出すことができます。

しかし、どちらの優れた機械を動かすにしても、「ボタンを押したら、あとは機械にお任せ」には決してならないのが、天然素材を扱うものづくりの奥深さです。

一、温湿度を管理しているが、糸は季節を感じている

私たちの織り場(工場内)に一歩足を踏み入れると、独特の潤った空気に包まれます。糸にとって、乾燥は最大の敵。空気が乾くと糸は脆くなり、さらに静電気を帯びてお互いに絡み合ったり、機械に張り付いたりしてプチプチと切れてしまいます。そのため、工場内には常に細かな水蒸気を吹き出す装置が稼働しており、一年を通して温度と湿度を一定に保つよう管理に努めています。

しかし、どれほど機械的に数値を管理しようとしても、外気の影響を完全になくすことはできません。

糸たちは工場の壁を越えて、外の季節をどこかで感じ取っています。「冬の間、あれほど気難しかったデリケートな糸が、梅雨の季節に入ると、まるで呼吸が整ったかのように素直に、スムーズに織れるようになる」現場の職人たちは、そんな糸の小さな変化を日々、肌で感じています。

特に、静電気の影響を受けやすい繊細な化学繊維や、もともと硬く乾きやすい「麻混(リネンブレンド)」などの素材は、外の気候のわずかな変化にとても敏感です。数値化されたマニュアルの温度設定だけでは、糸は決して思い通りには動いてくれません。

二、「試織(ししょく)」という、最初の挨拶

綿や麻は、大地から生まれた農作物です。全く同じメーカーの、同じ品番の糸であっても、作られた「ロット(生産の塊)」が変われば、糸の性格はガラリと変わります。綿が含んでいるわずかな水分量、残されている天然の油分、よじれる力の強さ。一つとして同じコンディションの糸はありません。

だからこそ、私たちは本番の製織に入る前に、必ず「試織(ししょく)」を行います。

実際にそのロットの糸を織機に通して走らせ、その糸がどんな「クセ」や気嫌を持っているのかを、職人が目と指先で見極めるのです。それは、これから長い時間を共にする糸との、いわば「最初の挨拶」のような時間です。

ここで糸の個性を丁寧に読み取り、機械の初期設定(クセに合わせた基準値)を決定します。

三、コンマ単位の微調整。機械を糸に合わせる

本番の織りが始まってからも、職人が織機の前を離れることはありません。

どのような織機を使うにしても、数千本の経糸にかかる張力(テンション)を、指先で確かめながら繊細にコントロールすることは、すべての織りに通底する共通の基本です。

その土台の上で、エアジェット織機であれば、緯糸を飛ばすための「空気の圧力」や、空気を噴き出す「タイミング」を、コンマ数ミリ、コンマ数秒単位で微調整し続けます。レピア織機であれば、太さにムラのある意匠糸やデリケートな麻の糸が、途中で負荷に負けて千切れてしまわないよう、さらにきめ細かな調整を重ねていきます。

もし、昨日と同じ設定のまま、あるいはコンピュータの標準数値のまま機械を回し続ければ、糸は途中で悲鳴を上げて切れてしまうか、あるいは下地やパイルに目に見えないムラを作ってしまいます。

私たちの仕事は、機械を効率よく「回す」ことではありません。その日、そのロットの「糸の機嫌」に、人間と機械のほうをどこまでも合わせていく。この終わらない微調整の繰り返しを、私たちは「糸との対話」と呼んでいます。

KUSU the seaの柔らかなタオル。その一枚を手に取ったとき、そこに流れる「コンマ数秒の風の調整」や、「季節の移り変わりに寄り添った職人の指先」の気配を、静かに感じていただければ幸いです。

 

 

Technical & Process Reference

  • エアジェット織機における流体変数の制御(Fluid Dynamics in Air-Jet Weaving)エアジェット織機(Air-Jet Loom)における緯糸挿入(よこ入れ)は、メインノズルおよびタンデムノズルから噴射される圧縮空気の推進力(Drag Force)に依存します。綿糸の線密度(テックス)や表面の微細な毛羽の有無(摩擦抵抗)によって空気流体力学的な挙動が変化するため、ロットごとの質量変化に応じ、空気圧(圧力勾配)およびリレーノズルの噴射タイミング(Time-resolved Valve Control)をミリ秒単位で同期・微調整することで、糸の座屈(バックリング)や未到達トラブルを防ぎ、均一な織密度を担保します。
  • レピア織機による低テンション製織(Low-Tension Mechanics in Rapier Weaving)レピア織機(Rapier Loom)は、左右から交差するキャリーレピアとレシーブレピアによる機械的な糸の把持・受け渡し方式を採用しています。流体で糸を引っ張るエアジェットに比して、緯糸に加わる引張応力(Tensile Stress)を極限まで低減できるため、テンションの変動に弱いスラブ糸、繊細な無撚糸キャリア(PVA複合糸等)、あるいは伸度の極めて低い麻(リネン)等の異型糸に対して、製織時の経時的劣化や糸切れを抑え、多様かつ高品質な組織(テクスチャ)の形成を可能にします。
  • 繊維の吸湿性と静電気・力学的物性の熱力学的相関(Hygroscopic properties and Electrostatic dynamics)綿(セルロース)や麻(リグノセルロース)などの天然繊維は、周囲の相対湿度(RH)に対して敏感な吸着・脱着(平衡水分率/ Moisture Regain)特性を示します。特に冬期の低湿度環境下では、繊維内の水分減少に伴い電気抵抗値が上昇し、摩擦帯電(静電気)による繊維相互の反発・毛羽立ちが発生、これが開口運動時の隣接糸との絡み合いや断糸(End Down)を誘発します。製織室内の調湿システム(加湿スチーム)による環境制御を行いながらも、外気圧や季節的湿度の遷移によって繊維表層の微吸湿平衡が変動するため、職人の手による動的張力(Dynamic Tension)の微調整によって、繊維の引張強度(Tensile Strength)および伸度(Elongation)の好適な物理的バランス(しなやかさ)を維持しています。